【獣医師インタビュー】呼吸器外科のトップランナー・末松正弘先生が手術に込める思いとは?

【獣医師インタビュー】呼吸器外科のトップランナー・末松正弘先生が手術に込める思いとは?

末松 正弘
0HugQ
      

大分県日田市のAMC末松どうぶつ病院で副院長を務める末松正弘先生は、日本を代表する呼吸器外科のエキスパート。全国を飛び回って難易度の高い手術を行い、重い症状に苦しむ多くの命を救ってきました。新しい手術法を生み出すなどトップランナーとして挑戦を続ける先生に、仕事への思いを聞きました。

呼吸器疾患で苦しむ動物を救うため、まだ発展途上だったフィールドに飛び込んだ。

——呼吸器外科の分野には、獣医を志した当初から関心があったのですか?

元々大学時代は心臓など動物の循環器が専門でした。卒業後に山形県内の動物病院で勤めたときも、並行して山形大学で循環器の研究を続けました。呼吸器外科に関心を持つようになったのは、大分に戻って実家の動物病院で仕事を始めてからですね。1次診療施設として多種多様な病気や症状の動物たちを診る中で、当時、院長だった父が何度か気管の外科手術を行っていて。そこに立ち会う経験を通して呼吸器外科に興味を持つようになりました。

プロフィール

末松 正弘 先生

大分県日田市生まれ。2004年に日本獣医生命科学大学卒業後、山形県の天童動物病院に勤務。2006年には山形大学医学部に研究生として所属。2007年から日田市に戻り、実家のAMC末松どうぶつ病院の副院長に就任。通常の1次診療のかたわら呼吸器疾患の治療に重点的に取り組み始め、さまざまな外科手術の実施や術式の研究開発を行う。論文発表や講演活動などを通じた発信活動にも積極的。

——具体的にはどんな魅力に惹かれたのですか?

呼吸器疾患は他の病気と比べて「症状が見た目にわかりやすい」という特徴があります。呼吸が苦しくて明らかに辛そうだというのが、はっきり見えてしまう。これは、その子と毎日をともに過ごす飼い主さんにとっても辛いことです。でも手術で問題を取り除くと、さっきまで苦しんで、命の危機にさえあった子が元気になる。そんな姿を見ることができるのは飼い主さんはもちろん、私たちにとっても大きな喜びで、呼吸器外科のやりがいであり、魅力です。

——呼吸器外科に力を入れるようになってから、感じた難しさはありますか?

これだけニーズもあって、命に関わるケースも扱う重要な領域なのに、動物の呼吸器外科は分野としてまだまだ発展途上でした。そもそも専門の人材が国内はもちろん海外でも少ない。たとえば循環器疾患は、ある程度内科的な薬による治療が有効ですが、気道閉塞などの呼吸器疾患の根本解決にはどうしても外科手術が必要になります。そこには当然リスクもあるので、専門的に取り組む人材が現れにくかったのが背景かもしれません。それに海外の事例を見ても、呼吸器の手術は成績があまり良くない。「これは何か理由があるはずだ」「どうにか状況を変えられないか」と思い、自分なりに勉強を始めました。

——分野として発展するために、何が必要だと考えますか?

AMC末松どうぶつ病院の診察室。日々の診療にも取り組む

呼吸器の研究会をつくり、多くの獣医師に興味を持ってもらうことが重要です。日本国内にも海外にも今はそういう組織や学会がなく、学問として確立されていないために、研究やノウハウの蓄積も不十分です。それから学会がないと、「用語がバラバラで統一されていない」という問題も出てきます。たとえば「咳」一つでも複数の呼び方があり、それぞれの使い分けもきちんと整理されていない。だから認識がズレたり、診断に時間がかかったりして治療に支障が出てしまうのではないか、と考えています。

呼吸器は鼻から肺までの広い範囲が対象ですが、その中の「どこに」「どういう異常や障害」があって「どういう症状」が出ているのか、それらを一つひとつ定義する共通の用語があれば、初診で診断するときも、その後別の専門医に治療を引き継ぐときも、情報の共有がスピーディーにできます。それは我々医療スタッフだけでなく、飼い主さんにとっても、当事者である動物たちにとっても良いことのはず。より正確で迅速な診断や治療ができるわけですから。

自分でできることは全てやっておく。その準備がベストな選択を支える。

——現在はどのような流れやペースで診療・手術に当たっていますか?

手術前は験担ぎにカツ丼やカツサンドを食べるという末松先生

月曜から土曜は日田のAMC末松どうぶつ病院で通常の診療と手術を行っています。手術に関しては、九州全域からご依頼いただくものは日田で対応し、その他全国で発生するものについては土日に出張して執刀や呼吸器診療をします。今は東京、京都、山形、広島、愛媛に拠点となる動物病院があって、それぞれ周辺エリアから手術が必要な動物たちを集める形ですね。多いときは1日に3件ぐらいの手術を担当します。

——手術をする上で心がけているポイントや大事にしている心構えなどはありますか?

とにかく慎重になることです。ちょっとした診断のズレや判断ミスが命取りになってしまうこともあるのが外科手術。だから「人任せにしたくない」という気持ちが強く、診断から執刀、術後のケアまで全部自分で受け持ちます。出張して行う手術の場合でも、事前にその動物のかかりつけの病院さんからデータや情報をなるべくもらって、自分で診断をします。それに対してどういう手術を行うのか、飼い主さんへの事前説明も自分で直接行います。今ならZoomなどでもお話しできますし、やっぱり執刀する本人から説明を受ける方がオーナーさんも安心できますよね。

——呼吸器の手術で特に難しく、注意を要するのはどのような点ですか?

一番重要なのは出血をさせないこと、最小限に止めること。いかに組織を傷つけずに終えるか、そして短時間で終えるかが、呼吸器の手術では特に大事なポイントになります。そのためには技術的な「引き出し」を多く持っておくことが大切。同じ病気の同じ手術でも、その動物の年齢や大きさ、症状の進行度合いなどによって患部の状態は少しずつ変わってきます。その違いを見極めて、都度ベストなやり方を選べるように、選択肢を豊富にしておくことを心がけています。

手術室(ハイブリッド手術室)。九州全域、全国の拠点で手術依頼に対応する

——そのために手術で使う器具もご自身で開発しているとか。

実際に呼吸器の手術をやっていると、既存の道具では足りないと感じることが少なくないんです。人の手術で使うものを転用する場合もありますが、それだと動物にはやっぱり大きい。道具も大事な「引き出し」の一つですから、ピンセットやメッツェンバウム(手術用のはさみ)など、いろいろとカスタムしています。最適な器具が一つあるだけで、それまで30~40分かかっていた作業が2~3分で終わることだってあるんですよ。他にはワンちゃん用のハーネスも独自に開発しました。呼吸器に問題のある子の場合、首輪よりハーネスの方が首にかかる負担を軽減できますから。

飼い主さんの思いに応え、「治す」だけでなく「普通の生活に戻れる」までを手術で叶える。

——手術が必要になる呼吸器の症例としては、どのようなケースが多いですか?

トップ3は「気管虚脱」「喉頭麻痺」「短頭種気道症候群」の3つ。気管虚脱(※1)は、これまで海外での報告では治療成績が悪く、術後喉頭麻痺や再虚脱などの合併症の発現や気管の組織の壊死といった問題がありました。内科治療として主な治療法では気管内ステントという金属製の器具を気管に入れ、気道を広げる手法がありましたが、やはり体内に金属を入れることにはリスクもあります。そこで気管外プロテーゼ(Continuous extraluminal tracheal prosthesis:CETP)という気管の外側にはめる器具を自作しました。これにより気管に分節する血管をほぼ全て温存し、血管と血管の間に気管外プロテーゼを設置する手術を行うことにより、出血や神経の障害を抑えることが可能になり、成功率も格段に向上できました。
※1「気管虚脱」:首や胸の中の気管が潰れることで、呼吸困難を引き起こす病気。小型犬に多く見られる。

——喉頭麻痺についてはどのような治療を行っていますか?

喉頭麻痺(※2)の従来の治療法は、喉から気管に直接穴を開けて処置をするものでした。しかしこの方法だと、術後にシャンプーが困難になります。開けた穴から水が気管に入ると危険なので。それから毎日吸入器を使う必要があるなど、術後の管理も大変。そこで試行錯誤を繰り返し、現在では従来報告されていた方法を改良することにより、首の横側から喉頭にアプローチして処置を行う方法を採用しています。手術も短時間で終えることができて、傷も小さく、大型犬小型犬問わず高い成功率を維持できています。術後もシャンプーができ、食事も普通にでき、ほぼ以前の生活に戻れます。手術は「ただ生きていければいい」というものではなく、術後の生活の質も維持できるものにしたいと思っています。
※2「喉頭麻痺」:喉頭(気管の入り口)が動かなくなり、息が吸えなくなる病気。大型犬に比較的多い。

AMC末松どうぶつ病院では、ICUルーム・処置室も完備

——短頭種気道症候群についてはいかがでしょうか?

短頭種気道症候群(※3)は犬種によっても症状がさまざまで、およそ11ぐらいに細かく病態が分かれます。対応する手術の方法も多く、私が採用しているもので8種類。その中でどれを選ぶか、組み合わせるかの選択が重要で、最終的には手術をするその場で決めています。事前にできるだけ情報を把握しておくことと、当日の判断力や決断力、そして勇気が求められます。最初の頃は手探りの部分もありましたが、今はその判断もある程度定式化できるようになりました。
※3「短頭種気道症候群」:ブルドッグ、パグ、チワワなどの短頭種が、頭部の構造上の問題から呼吸困難を引き起こす病気。

——これまでの仕事の中で印象に残っているエピソードはありますか?

手術の経過を検証するために、飼い主さんに病理検査(体から組織の一部を採取して詳しく調べること)への協力をお願いすることがあります。最近も1件、私が手術を担当してから5年後ぐらいに別の病気で亡くなったワンちゃんの飼い主さんに、気管の一部を病理検査に使わせていただけないかとお願いしました。普通は、なかなか受け入れにくいことです。我が子の遺体に、さらにメスを入れるというのは。でもその方は、「この子の組織が今後他のワンちゃんの役に立つのなら」と、翌日に車で2時間かけて来てくださいました。本当に有難いことですし、そういう思いに応えなくては、と責任感を改めて強くした瞬間でした。

——最後に、これからの展望や挑戦したいことをお聞かせください。

今、呼吸器疾患の研究グループを全国の先生方と立ち上げて活動中です。そして私たちが得た知見を海外にも積極的に発信して、活動をもっとグローバルにしたいという夢があります。それから、呼吸器疾患への理解はまだ浸透していない部分もあり、「治らない病気なのでは」と思っている方も多くいらっしゃいます。でも実際には手術で治せることも多いし、命が救われる病気なんです。治療によって普通の生活に戻ることだってできる。そのことを、オーナーさんはじめ、もっとたくさんの人に知ってほしいですね。

ロゴマークにもこだわりが詰まった末松先生オリジナルのスクラブ

AMC末松どうぶつ病院 大分県日田市中城町3-52

TRVA夜間救急動物医療センター・中村院長からのバトンへの回答

中村先生

Q1. 「呼吸器」の「外科」という専門性を深く極めて、日本中で手術もされている。そうした特殊な分野一本に絞ろうと思ったのはなぜですか?

末松先生

呼吸器の手術をして動物たちが文字通り息を吹き返すと、飼い主さんもずっと抱えていた辛い思いから解放されます。その瞬間の救いや喜びのために、自分はこの分野を開拓するんだと決めました。30歳ぐらいのときで、自分が熱中できる、生きる道を見つけた気分でしたね。

中村先生

Q2. 一つの道に集中して、突き詰めてやり続けるエネルギーはどこから湧いてくるのですか?

末松先生

未開拓の分野を先頭に立って確立していく楽しさでしょうか。自分で道具をつくったりするのも好きなんでしょうね。寝るときも気づくと新しいアイデアを考えている自分がいます。やり出すととことんやってしまう性格は、きっと親譲りです。父も動物用の内視鏡の研究をずっとやって、本まで出版した人ですから。

中村先生

Q3. 同じように専門を絞って極めたいという後進の若い獣医師に、何をアドバイスとして伝えたいですか?

末松先生

自分が楽しいと思えることを見つけて、常に興味を持ち続けること。何事も継続がやっぱり大事で、長く突き詰めればいつか実を結びます。そこは希望を持っていい。途中でキツいときがあっても、その希望があればその先に進めるはずです。

獣医麻酔疼痛管理専門医・小田彩子先生へのバトン

Q1. 獣医や麻酔科医を志した理由、またそのために渡米して学んだ理由は何ですか?
Q2. 後進の指導・教育や自身の仕事について、今後どんな展望を持っていますか?
Q3. やりがいや楽しさを一番感じるのは何をしているときですか?

 
  • twitter
  • facebook
  • LINE

関連記事

協力してくれた獣医師の先生

「いいね♡」を押すとブログを書いた動物病院にHugQポイントが贈られます。
会員登録をしてあなたの「いいね♡」を動物病院に届けてください!

「ブックマーク」機能の利用には会員登録が必要です。