高齢期になると、猫も人と同様に身体機能に変化が訪れます。そして、老化現象のひとつとして起こる可能性があるのが、認知症。一緒に暮らす中で、いつもとはちがう現象が起こると、最初は戸惑いもあるかもしれません。どうしていいかわからず、気持ちが落ち込んでしまうこともあるでしょう。しかし、認知症そのものを知って、その対処法がわかれば、猫とともに暮らす日々を心地よくすることができます。今回は、動物の認知症について数多くの研究を重ね、獣医行動診療科認定医として臨床でも活躍する日本大学の小澤真希子先生に、認知症についての基本的なこと、動物病院での治療や予防対策について、お話をうかがいました。
小澤 真希子 先生
目次
猫の認知症とは、どのような状態?

認知症とは、どのような状態なのでしょうか?

認知症とは、高齢期の脳機能の低下によって、今までできていたことができなくなってしまっている状態のことを指します。脳腫瘍や脳梗塞など、老化以外の原因によって起こる症状については、本ページで扱う認知症とは区別して考えます。
目立つ症状は記憶や判断力の低下ですが、合わせて気持ちのコントロールができなくなる情動面の低下や、運動機能の低下にも繋がります。
猫は疫学的なデータが少ないため、はっきりしないところはありますが、犬と同じく13歳くらいから注意していただくのがいいと思います。
認知症の原因には、どのようなものが考えられますか?

認知症を引き起こす要因のひとつは、老化です。
加齢によって脳が萎縮することが、脳機能の低下に繋がっていると考えられます。
脳の萎縮は体内の刺激や情報をキャッチして全身へ伝達する神経細胞が異常に消失することで起こります。また、加齢によって、脳に異常なタンパク質がゴミとして蓄積することで、脳機能の低下に関わるさまざまな現象が起こります。ただし、これらの変化が認知症の直接的な原因かどうかは、まだ明らかになっていません。
猫の認知症は、研究途上の分野。研究自体は進んでいますが、自然現象なのか病気なのかすらも、まだはっきりと定義することはできていないのです。
認知症によく見られる症状とは?

認知症になると、どのような症状が現れますか?

〈 DISHAA 〉と呼ばれる代表的な認知症の6つの徴候をご紹介します。
DISHAA:認知症の6つの徴候
- 1.見当識障害:Disorientation
・よく鳴く
・自分が置かれている場所がどこだかわからなくなる
・間違えて狭い場所に入って出てこれなくなる - 2.人や動物との関わりの変化:Social Interaction
・甘えなくなる
・何かを訴えるように鳴く - 3.睡眠サイクルの変化:Sleep / wake cycle
・生活サイクルが乱れる
・夜鳴きする - 4.学習行動や習慣の変化:Housesoiling, learning and memory
・トイレを失敗する - 5.活動性の変化:Activity
・無気力になる - 6.不安:Anxiety
・飼い主さんが離れると鳴く

認知症の初期症状として、わかりやすいサインはありますか?

認知症の初期症状に決まったパターンはありません。どんな症状からはじまるかはその子によって異なる、というのは研究としても報告されています。
飼い主さんからお聞きする話で、比較的多いと感じているのは、「よく鳴く」という症例ですが、猫は認知症でなくても色々な場面で鳴くので、特に初期症状がわかりにくいと思います。
認知症のための検査や治療とは?

動物病院では、どのような検査が行われますか?

まずは「問診」に時間をかけ、日頃の様子や変わった行動について、詳しくお聞きします。
飼い主さんにご協力いただいて、約1ヶ月にわたってトイレや睡眠、よく鳴くなど、行動のタイミングを専門の用紙に記録してもらい、それを元に診断をすることもあります。
また、身体の不調によって行動が変化することもあるので、「これではない」ということを確認する除外診断を行うため、ホルモンを含めた血液検査、レントゲンやエコーなどの画像診断、尿検査、必要があればMRIも撮って、一通り身体の検診をします。
検査のボリュームが多いと、それだけで「大変」という印象を持たれてしまうかもしれません。しかし、病気が隠れている場合、その病気を治療することで症状が落ち着いた、という例は少なくないのです。
認知症は、見極めていくのも難しい病気です。判断も一筋縄ではいかないですし、治療も一筋縄ではいきません。だからこそ、「それではない」というのを一つずつ明確にしていくことが、非常に重要です。
行動の異変→認知症=しょうがない、で片付けずに、きちんと身体を診てみるというプロセスを大切にしていただけたらと思います。

行動を記録する専門の用紙
認知症と診断された場合、どのような治療が行われますか?

認知症は、薬などでパッとよくなるというものではありませんし、完全に治ることは難しいとされています。しかし、環境や習慣を整え、健康を維持できれば、一晩しっかり眠れるなど、症状は落ち着いてくる可能性は高いと思います。
治療としては、生活環境の調整や栄養面の見直しを行い、その時に困っている症状が落ち着くように軌道修正をしていきます。時間をかけてアプローチしながら、認知症の進行をできるだけ緩やかにするという目的もあります。
それぞれの例を、ご紹介しましょう。
1.生活環境の調整:暮らしの環境を見直す
猫は、生活習慣を飼い主さんがコントロールすることが難しいため、日々の世話より環境の調整の方が重要になります。
例えば、トイレトレーの縁が高くて跨げないと、そこでしなくなってしまうので、浅めのものに切り替えるのをおすすめします。
また、若い時には高いところに登っても、降りてこられた子が、高齢になったことで、落下してしまうことがあります。そういうリスクを軽減するために、少し低めの位置に居場所を作ってあげるのもいいと思います。
2.栄養面の見直し:脳だけでなく、身体全体の健康維持を考える
まずは、カロリーが適正かどうかの確認を行います。また、高齢猫の体に合ったフードかどうかも重要です。若い頃とは必要な栄養素が異なりますから、年齢や体調に合った(疾患などがあればそれも考慮した)フードを選ぶことが大切です。
脳の健康維持に良い成分は、抗酸化物質とオメガ3脂肪酸です。
脳の健康維持に良い成分
- 抗酸化物質
・ビタミンE、ビタミンC、ポリフェノールなど - オメガ3脂肪酸
・DHA、EPAなど
サプリメントや食事へのトッピングは、飼い主さんの判断でトライせずに、獣医師など専門家のアドバイスを受けるのがおすすめです。動物病院では、このような細かい食事のアドバイスもしていきます。
予防や心づもりなど、発症前に家庭でやるべきこととは?

認知症の予防として、家庭でできることはありますか?

規則正しく年齢に合った食事をあげる、室内で適切に運動をさせる、できる範囲で生活習慣を整えてあげることは、予防として効果があると思います。
脳への刺激も効果的と言われています。遊ぶのが好きな子だったら、そういう時間を作るといいと思いますし、お外を眺めるのが好きな子には、たっぷりと窓際で景色を見せてあげるなど、その子の好きな遊びをちゃんとさせてあげるのが良いと思います。
そして、高齢期は、特に不調がなかったとしても1~2ヶ月に1回はかかりつけの動物病院で健康状態をチェックしてもらうのがおすすめです。健康な状態を知っていれば、担当医も小さな異変に気づきやすいと思います。なにか異変を感じたときにメモしておいて伝えれば、より診察がしやすくなると思います。
日頃から、外耳炎や目やになどを動物病院でこまめにケアしておくことも大切です。不快さをできるだけ早く解消してあげることで、認知症になっていたとしても、夜鳴きなどの症状が出にくくなります。
心づもりとして、やっておくべきことはありますか?

飼い主さんが、高齢期に起こることや認知症の症状を正しく知っておくことは、とても重要です。そのために、動物病院や外部の専門家と繋がりを持って、定期的に情報をもらうこともいいと思います。
どういう状態になるのかがわからないと、どうしても不安になってしまいます。今後はこういう症状が出てくる可能性があるとか、こういう症状が出たらこうすればいいなど、情報を持っていれば見通しが立つので、出口のない不安は軽減するのではないでしょうか。
認知症は、まだまだ知られていない部分が多い分野です。行動診療や認知症外来を実施している動物病院が専門的診療をすることができるので、行きやすい動物病院を調べておくのもいいかもしれません。生活環境や生活習慣、食生活についても細かいアドバイスをしてくれるはずです。
小澤先生からのメッセージ
「認知症=しょうがない」で片付ける前に、できることはまだあります
愛猫の認知症を、家族だけで抱えるのはとても大変なことです。 ぜひ、動物病院や外部のサービスなどの専門家の力を借りて、日々の不安を聞いてもらったり、アドバイスをもらったりしていただけたらと思います。 「認知症=しょうがない」で片付ける前に、できることはまだあります。 自立した生活ができなくなっても、身体の不調や不快感がなければ、心地よく暮らすことはできますし、人を困らせるようなことも少なくなります。 愛する小さな家族と、できるだけ長く幸せな時間を過ごすために、暮らしの見直しや定期的な健康診断の受診など、日頃のケアを大切にしてみてください。

取材にご協力いただいた病院
日本大学 生物資源科学部 獣医保健看護学科 専任講師。東京大学大学院卒(獣医学博士)。同大学の獣医動物行動学研究室および獣医病理学研究室での研究・動物病院勤務を経て、獣医行動診療科認定医を取得。現在は、大学で教鞭をとる傍ら、大学の附属動物病院にて、犬と猫の問題行動や老齢動物の認知症診療を担当している。「獣医学に基づく診断と治療を通して、ペットとご家族がお互いに幸せになれるようサポートしたい」という思いを胸に、専門的な知見から丁寧なカウンセリングと治療を行っている。
