「すべての動物たちに幸せな毎日を ~つなぎ手たちのメッセージ~」は、保護犬・保護猫を取り巻く現状や、動物たちが幸せに暮らせる社会を目指して奮闘する方々の活動を紹介するシリーズです。
近年、犬や猫の飼育頭数は減少傾向にあり、「動物と暮らすこと」の意味や価値が、あらためて見つめ直されています。それでも、動物たちが私たちにもたらしてくれるのは、日常を彩るささやかな喜びや、動物を通じた人とのふれあい、そして心身を癒やす大きな力です。私たちは、そうした動物の持つ価値に向き合いながら、その魅力をより多くの人に届けていきたいと考えています。動物と暮らしている方はもちろん、これまで接点のなかった方にとっても、動物との関わりが新たな気づきやつながりを生み、日々の豊かさ、ひいては幸福へとつながっていく――。本連載では、そんな視点から「動物と暮らす喜び」を多角的に紐解いていきます。
今回は、予防獣医学やアニマルシェルターメディシンを専門とする帝京科学大学教授・山本和弘先生と、動物介在活動を行う認定特定非営利活動法人キドックス代表理事・上山琴美さんによる対談です。若者の支援と動物保護を組み合わせ、地域に貢献する取り組みについて伺いました。あわせて、動物とともに暮らす喜びや、わんちゃん・ねこちゃんを迎え入れる際の考え方など、これからの共生に役立つヒントもお聞きします。
山本 和弘 先生
上山(かみやま) 琴美 さん
認定特定非営利活動法人キドックス
目次
若者の支援と犬猫の保護に取り組む「キドックス」

上山さんキドックスでは若者の支援と、犬猫の保護を組み合わせた活動を行っています。私が小学生のころいじめに遭って登校が怖くなったとき、愛犬が支えてくれたという経験が原点にあります。
高校生1年生のときにアメリカのプロジェクト・プーチ(少年院に収容された少年が保護犬の心身のケアを通して更生を目的とする活動)を知って、日本でも広げたいと思ったんです。キドックス(KIDOGS)という団体名には、子ども(KID)と犬(DOG)を組み合わせて思いを込めました。
山本さん私が獣医師になろうと決めたのは小学5年生のときでした。小さい頃から動物たちと暮らし、多くの命が病気で失われていく姿を見てきました。そうした経験から、「動物たちを助けたい」という思いを自然に抱くようになり、獣医師を志しました。小中高校生のときに動物と関わる経験をしたことは、将来に大きく影響するのではないかと思います。
上山さん15年くらい活動してきて感じるのですが、動物たちは人間にはない力がありますね。この活動の中でも、地域の人であれ、引きこもりや不登校など生きづらさを抱えた若者であれ、「動物が好き」という気持ちをもつ人たちを引き寄せ、交流のきっかけを作ってくれるんです。

山本さんキドックスの活動を知ったのは5~6年前です。非常に衝撃的でした。これまでのシェルター(動物保護施設)では飼い主のいない動物を救出し、飼養管理し、譲渡するというパターンですが、キドックスでは人の福祉と動物の福祉を両立し、さらに動物の保護活動も行うまさに画期的な方法でした。上山さんのお話からは、若者一人ひとりに真摯に向き合おうとする姿勢と、相手を受け止める包容力が感じられました。そのような方が代表を務めている団体であることに、大きな信頼を感じました。
上山さん日本国内でアニマルシェルターメディシン(動物保護施設における獣医療)の専門家に会ったのは山本先生が初めてなんです。平和な社会へと貢献する視点をお持ちで、私と目標が同じなのもうれしかったですね。最初は偉い先生が来られると思って緊張していたんですが(笑)、やさしくて話しやすくフラットな方で、尊敬に変わっていきました。
関係性の力で、人と動物が共生する社会をめざす

(※)子ども若者:キドックスが提唱する表現です。
山本さんよく「人と動物の共生」と言いますが、私は、お互いの存在を尊重し、支え合いながら生きていける社会こそが、本来の共生の姿ではないかと考えています。動物保護だけに目を向けると、「かわいそうだから助けてあげる」という、人間が一方的に動物を救うという発想になりがちです。
上山さん動物に対して「かわいそう」という言葉は一切使わないですね。子どもはもちろん動物も可能性を秘めたリスペクトするべき存在です。それぞれに力を発揮できる環境を整えれば、社会でいきいきと生きていけると思っています。

山本さん一般的にいわれる動物介在活動・動物介在教育・動物介在療法では、人に対する効果に焦点が当てられることが少なくありません。一方、キドックスの活動は、人への支援だけでも、保護犬への支援だけでもなく、人と保護犬の双方が互いに支え合いながら成長していく仕組みになっています。私は、これこそが真の「人と動物の共生」の姿ではないかと感じています。傷ついた人と、同じように傷ついた経験をもつ保護犬が、ともに時間を重ねながら少しずつ回復し、社会とのつながりを取り戻していく。そのプロセス自体が大切なのだと思っています。
上山さんキドックスでは、人間の福祉にも資する、かつ動物の福祉にも資することが前提です。若者は保護犬・保護猫を支援する仲間の一員として参加し、自分が活躍できる場で力を発揮して自信をつける。保護犬や保護猫は若者のケアを受けて、新たな里親へ譲渡される。社会でもう一度生き直す場づくりというプロセスの中で、人も動物も活動に関わることでメリットが生まれるわけです。さらに施設で行うカフェやフリースクールで、地域への貢献も考えています。

山本さん国によって不登校になる背景が違う問題を日本文化的にうまく変えていますよね。まさに「ワンウェルフェア(人と動物と環境の福祉・幸福)」を実現している希少な施設だと思います。全国には不登校の方が35万人もいることを考えると、キドックスは今後重要な役割を示していくのではないでしょうか。いずれは世界的なモデルにならないかと思っているくらいです。
<参考ページ>
こども家庭庁 小・中学校における不登校の状況について
動物との関わり(アニマルセラピー)がもたらす喜び

山本さんアニマルセラピー(動物介在活動・動物介在療法)には、さまざまな効用が報告されています。子どもの運動機能や学習機能の向上、痛みやストレスの軽減、高齢者の身体活動量やコミュニケーションの増加などです。生理学的な面でも、動物とふれあった前後で、幸せホルモンといわれる「オキシトシン」の分泌が高まることが報告されています。人が動物と穏やかに関わる時間そのものが、心身によい変化をもたらしうるということです。
人と関わる機会が少ない状況が続くと、こうした働きは起こりにくくなることも考えられます。キドックスのように、犬と関わりながら人ともゆるやかにつながれる場に参加することが、心理面や情緒面のよい変化のきっかけになっているのではないかと感じています。

上山さん犬の存在が外に出る動機になり、日にあたることでオキシトシンが出やすくなっているのではないでしょうか。場面緘黙(ばめんかんもく:特定の場で声が出せなくなる状態)の子どもでも、犬をなでたり抱っこしたりしているとしゃべれることが多いですね。スマホ依存症の子が犬を見た途端、スマホを投げ捨てて走り寄って行ったこともあって、犬は人間ではかなわない力をもっていると思うこともあります。
山本さん動物がいるだけで場が和むというのは、私自身もよく実感します。大学の近くで犬を連れた親子と顔を合わせるうちに、あいさつを交わすようになりました。はじめは私と親御さんだけの会話でしたが、犬をなでているうちに、お子さんのほうから話しかけてくれるようになったんです。しばらくして親御さんから、「自分から人に話しかけるようになって驚きました。犬が来てから学校にも行けるようになったんです」とうれしそうに教えていただきました。犬がいたからというだけではないと思いますが、動物の存在が人と人との間をつなぎ、会話が生まれるきっかけになることは確かにあると感じています。
上山さん施設に来ている子ども・若者は、役割をもつことで地域の方から感謝される機会が生まれるんです。譲渡会を企画したり犬猫の里親さんに手紙を書いたりして、社会と関わる機会をつくるようにしています。私たちの特徴としては、犬猫に直接関わらない活動でも子どもたちの意欲が見られることがあります。
字を書くことへの苦手意識から不登校になった子が、「猫のために何かしたい」と譲渡会用の紹介文を一生懸命書いていました。動物が動機づけとなって成功体験を起こし、楽しいという感情が生まれたのはすごいことだなと思います。

山本さんキドックスの活動を見て感じたのは、若者に対して教科書にあるような「正解」を求めるのではなく、一人ひとりの意志を尊重し、自分の役割や居場所を見いだせるよう支援しておられる点です。そして、その過程で保護犬との関わりが大切な役割を果たしています。人と動物の双方が恩恵を受ける関係にこそ、キドックスの独自性があります。これは、人の福祉と動物福祉を切り離して考えるのではなく、双方のウェルビーイングを高めることであり、まさにOne HealthやOne Welfareの考え方を実践した取り組みだと感じました。
キドックスが担うアニマルシェルターとしての役割

上山さんアニマルシェルターは感染症対策が大切なんです。キドックスではアメリカのアニマルシェルターメディシンの専門家にアドバイスをいただいて、室内の構造やエアコンの位置、収容したばかりの犬猫の隔離部屋、掃除や消毒の方法などをすべてマニュアルにし、スタッフと活動に参加している若者にレクチャーしています。
山本さんそうなんです。シェルターメディシンの柱である衛生管理にも十分配慮されています。また、犬一頭一頭の状態や個性を丁寧に見極めながら、その犬に合った人との関わり方や社会化を進めている点が印象的でした。

山本さん保護犬や保護猫を迎えたいと考えたら、ぜひ実際にシェルターを訪れてみてください。私もこれまで世界各地のシェルターを見学してきましたが、まず注目するのは施設全体の衛生状態です。室内の臭いは日頃の衛生管理を知る一つの目安になりますが、それだけで判断するのではなく、清掃状況や換気、動物たちの表情や行動、スタッフの接し方などを見てみてください。
上山さん実際にシェルターに足を運び、犬の表情(穏やかで呼吸が落ち着いている)、人の表情や発話の内容(信頼できて長く付き合える)、環境(犬舎の掃除が行き届いている)といったことを見るのがいいと思います。
「譲渡が始まり」保護犬・保護猫との向き合い方とマッチング
上山さん保護されたばかりや、人と暮らした経験が少ない動物は、家庭にすぐ譲渡できない場合が多いんです。キドックスでは担当のスタッフと若者がつき、ドッグトレーナーと一緒にトレーニングプランを立てて練習します。心身のケアができてから里親を募集すれば、家庭にスムーズに入れますから。
私は「譲渡したら終わりじゃなくて、譲渡が始まり」と考え、家族ぐるみの付き合いが一生続くという思いで関わっているんです。
シェルターによっては、里親希望者に譲渡の条件を設けたり審査したりすることもあります。ハードルが高いと感じる方もいらっしゃると聞きますね。キドックスは審査ではなく関係性をつくる姿勢で臨みたいので、最低限の条件しか設けていません。できればアフターフォローを丁寧にするために茨城県周辺の方がいいかな、というくらいです。

山本さんその考え方にはとても共感します。私自身も保護犬と暮らすなかで、犬が私に合わせるだけでなく、私自身も犬から多くのことを学び、生活を変えてきました。人と動物は、一方が相手に合わせるのではなく、お互いに歩み寄りながら関係を築いていくものだと思います。だからこそ、短期間で判断するのではなく、時間をかけて互いの関係を育んでいく気持ちで接していただきたいと思います。
犬猫を迎える前に、相談できる相手を見つけておく
山本さん保護犬・保護猫には、それぞれに性格や年齢、健康状態、社会性があります。そして、どの子にもその子なりの魅力と可能性があります。迎えるときは、その子と自分たちの暮らしがどう重なるのかを思い描き、一緒にどんな時間を過ごせるのかを考えてみてほしいですね。そのために相談できる相手を持っておくと、より安心です。
上山さん先生のおっしゃるとおりです。15年以上一緒に暮らしていく可能性を踏まえ、自分が望むライフスタイルを送れて、家族として暮らしていけるかと考えたほうがいいですよね。初めて迎える方はわからないと思うので、相談できるスタッフがいるシェルターを選んだほうが安心です。動物を迎える前に、お勧めの動物病院や獣医師の先生についてもシェルタースタッフに相談してみてもいいのではないでしょうか。

山本さんそうですね。犬や猫を迎える前に、相談できる先を持っておくことはとても大切です。シェルターのスタッフからは、お迎えする動物の性格や生活上の注意点、これまでの様子などを十分に教えてもらい、健康管理などの専門的なことは、獣医師や愛玩動物看護師に相談するとよいでしょう。病気やけがのときだけでなく、ワクチン、食事、しつけ、高齢期のケアなどについても、継続的に相談できる関係を築いておくことが大切だと思います。
ただし、譲渡手続きが終わるまではシェルターに所有権があるので、動物病院で検査や治療を受ける場合は許可を得てからですね。
これからの動物と人間の共生社会に向けて
上山さん動物たちが人間の社会で暮らす以上、より良い共生に向けて働きかけなければいけないと思っていて、力を入れているのが次世代の人材育成です。人側と犬猫側の両方の専門性が必要なので、両方の視点を切り替えながら活動に参入するには柔軟性が必要になります。2年ほど前から小中高校生向けのプログラムに力を入れているところです。私たちが始めた取り組みを日本社会に根付かせられるように活動を続けたいですね。
山本さんこれからは殺処分ゼロを背景に行政の動物愛護センターの役割が縮小し、民間のシェルターの存在がさらに大きくなっていきます。人と動物と環境のワンヘルスおよびワンウェルビーイングの実現の一角を、キドックスが担ってくれることを期待しています。
「動物の幸せとは何か」 「私たちにできることは何か」
ぜひここから一緒に考え、動物たちが幸せになれる未来をつくっていきましょう。 皆さんの第一歩を、この「すべての動物たちに幸せな毎日を ~つなぎ手たちのメッセージ~」シリーズが後押しできれば幸いです。
